大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和59年(行ウ)13号 判決

原告

志摩るり子

右訴訟代理人弁護士

山中善夫

被告

滝川労働基準監督署長高畑昇

右指定代理人部付検事

坂井満

同訟務官

三上茂

同北海道労働基準局労災管理課長

清田京治

同労災補償訟務官

糸谷恭一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

1  被告が昭和五六年三月一八日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法(以下「労災法」という。)に基づく療養補償給付、遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  災害の発生

志摩勲(以下「勲」という。)は、昭和四〇年一一月から滝川市大町四丁目一番一〇号所在の北星ハイヤー株式会社(その後、北星交通株式会社に商号変更される。以下「会社」という。)にタクシー運転手として勤務していた者である。

勲は、昭和五六年一月二六日午前八時ころ、滝川市明神町所在の北海道中央バス株式会社滝川ターミナルに隣接するタクシー乗り場待機所で客待ちのため待機していた際、心筋梗塞を発症し(以下「本件発症」という。)、まもなく救急車により病院に運ばれ治療を受けたものの、同日午前八時二五分死亡した。

2  不支給処分の存在

原告は、勲の配偶者であって、同人の収入によってその生計を維持しており、同人の死亡時にはその葬祭を行ったものである。

そこで、原告は、勲の死は業務上の事由によるとして、労災法一二条の八第一項に基づき、被告に対し、療養補償給付、遺族補償給付及び葬祭料を請求したが、被告は、審査の結果、勲の死亡は業務上の事由に基づくものとは認められないとして、昭和五六年三月一八日、これらを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。

3  結論

しかしながら、勲の死亡は、業務上のものであるから、本件処分は違法であり、取り消されるべきものである。

二  請求原因に対する被告の認否

請求原因1、2の事実は認めるが、同3の主張は争う。

三  被告の抗弁

1  勲は、虚血性心疾患等の基礎疾病を有していたところ、以下にみるように、勲の業務が死亡直前において従前に比べ特に質的、量的に過激であったとは認められず、虚血性心疾患等の基礎疾病が自然発症的に増悪し、たまたま業務遂行中に心筋梗塞として発症したものであり、業務と心筋梗塞との間に相当因果関係があったとはいえず、勲の死亡は業務上の事由によるものとはいえないから、本件処分は適法である。

2  本件発症の業務起因性の欠如は、以下の事情から明らかである。

(一) 本件発症前日の勲の生活状況と当日の勲の勤務状況

(1) 勲は、昭和五六年一月二五日午前三時に勤務を終え、帰宅した後、ビール二本を飲んで同日午前四時三〇分ころ就寝した。勲は、同日午後一時ころ起床し、食事を済ませた後、滝川営業所に行きワイパー修理をしてから同僚方を訪ねると言いおいて自宅を出て、同日午後八時ころに帰宅し、夕食時にビール二本を飲むなどして、同日午後一〇時三〇分ころ就寝した。この間、勲に変わった様子は全くなかった。

(2) 勲は、翌二六日午前七時ころに起床し、朝食を取らないまま午前七時一〇分に自宅を出たが、いつもと変わった様子は見られなかった。

勲は、同日午前七時三〇分ころに出勤し、点呼を受けた後、車両点検をして滝川営業所を出発し、その後間もなく、配車係から引き続いて二本の配車を受け、営業走行をした。配車の際の勲の応対には、何の異常もみられなかった。

その後、勲は、自ら客を拾い、目的地の前記滝川ターミナルへ行き、客を降ろしてからタクシー乗り場待機所へ車を回し、客待ちのために待機していたところ、まもなく心筋梗塞を発症し、午前八時ころ、顔を青ざめさせ、冷汗をかいて、運転席にぐったりともたれかかっており、同待機所に来た同僚運転手に向かって、「病院へ連れていって欲しい。」と依頼する言葉ももつれていたため、右同僚運転手は急遽、救急車を手配した。

勲は、間もなく来た救急車により滝川市新町一丁目八番一号所在の吉田病院に運ばれ、治療を受けたが、同日午前八時二五分死亡した。

(二) 本件発症の前日までの勲の勤務状況

(1) 会社における勤務体制

勲は、会社の滝川営業所に勤務していたものであるが、同営業所においては、隔日で勤務日と非番日とを四回繰り返すと一休日のある四勤務一休日の勤務体制が採用され、勤務日の勤務時間としては〈1〉午前七時三〇分から翌日の午前一時まで、〈2〉午前八時から翌日の午前二時まで、〈3〉午前九時から翌日の午前三時まで、〈4〉午後二時から翌日の午前八時までの四種類があり、タクシー運転手は、右ローテーションに従って順次四勤務に従事していた。

右勤務体制による労働時間は、拘束、実働ともに、労働省労働基準局長通達「自動車運転手の労働時間等の改善基準」(昭和五四年一二月二七日付け基発第六四二号)の範囲内にある。

(2) 労働時間

勲は、入社以来真面目に勤務していたものであり、本件発症に近接する昭和五五年一一月二一日以降の同人の勤務状況をみると、次のとおりである。

会社の滝川営業所における同五五年一二月度(同年一一月二一日から同年一二月二〇日まで)は、右四勤務一休日の勤務体制のもと皆勤し、稼働時間は合計二四〇時間三〇分、残業時間は六時間三〇分、深夜時間(午後一〇時から翌日午前五時までをいう。以下同じ。)は六四時間三〇分、休憩時間は二六時間であり、また、同五六年一月度(同五五年一二月二一日から同五六年一月二〇日まで)も、同様に皆勤し、稼働時間は合計二五四時間三〇分、残業時間は二時間三〇分、深夜時間は七〇時間三〇分、休憩時間は二八時間であった。

そして、本件発症前の一週間も皆勤し、三勤務稼働時間は合計五五時間、残業時間は一時間、深夜時間は一七時間、休憩時間は六時間であった。

以上のとおり、勲は、ほとんど残業することもなく、右四勤務一休日の勤務体制の範囲内で稼働していたものである。

(3) 同僚との比較

勲の勤務状態は真面目で、皆勤の状況にあったが、会社は流しの体制が原則であるにもかかわらず、勲は待機して客待ちをすることが多く、このため、稼働状況は、同僚運転手(アルバイト運転手を除く。)の平均と比較して売上金額が八九パーセント、走行距離が八七パーセント、営業距離が九〇パーセントと少なく、量的に軽度であった。

(三) 勲の基礎疾病

(1) 勲は、昭和一八年一月二九日生まれで、本件発症当時三七歳であったが、同五一年一〇月一四日、頭重感等を訴え、前記吉田病院で「高血圧症、冠不全等」と診断されて以後、昭和五三年三月ころまで通院治療を受けている。この間の血圧の状況(最高血圧と最低血圧とを併記する。)は、同五一年一〇月一四日一六〇~九〇、同五二年四月二日一六七~一〇〇、同年五月六日一六〇~九五、同五三年二月六日一七〇~九五、同年三月一一日一七〇~一〇〇であり、心電図測定の結果は、左肥大ST(+)であった。

(2) その後、勲は、昭和五三年四月一三日に滝川市内の鈴木内科クリニックを訪ね、頭痛、頸肩部痛等の主訴により「本態性高血圧症、慢性肝炎、虚血性心疾患、高脂血症、糖尿病」と診断され、以後通院治療を受けた。当初は、本態性高血圧症、慢性肝炎及び糖尿病の治療に重点が置かれたが、同年六月六日から虚血性心疾患及び高脂血症の治療が始まり、同五四年九月三日以降は、狭心痛、放散痛を訴えるようになったため、強力なニトロール舌下錠を投与し、食事療法を指導する等、虚血性心疾患の治療に最重点がおかれるようになった。

当初の血圧値は一九〇~一〇〇、S―GPT値は七四単位、血糖値は三五〇ミリグラムパーデシリットルであった。その後の治療により、本態性高血圧症及び慢性肝炎については、同五四年七月ころに改善の兆が現れた。他方、虚血性心疾患については、同五五年一〇月二九日の心電図測定によると改善の傾向は窺えたものの、心臓の後壁になお虚血性異常が認められた。にもかかわらず、勲は、同年一一月五日に治療を受けたのを最後に通院を止めている。

(3) 勲は、会社の滝川営業所において毎年春と夏に実施されていた定期健康診断を受けていた。

その診断結果によると、勲の血圧値は、昭和五一年一一月一五四~八四、同五二年五月一四六~九八、同年一一月一四〇~七八、同五三年一一月一五六~一〇〇、同五四年四月一四〇~九二、同年九月一三〇~八二、同五五年四月一五〇~九二、同年一〇月一六八~九〇であり、また、検尿においては、同五三年一一月にはじめて糖が検出され以後次第に多く検出されるようになった。

(4) 以上によると、勲は、本件発症当時、虚血性心疾患、本態性高血圧症、高脂血症、糖尿病等の基礎疾病を有していたものというべきである。

(四) 勲の健康管理

勲は、前記の通り、基礎疾病を有していたが、昭和五五年一一月五日の受診を最後に通院治療を止めていたほか、家族にそのことを知らせておらず、改善のために必要な食事療法を全く行っていなかったばかりか、かえって、勤務を終えてからビール二、三本程度飲酒する習慣を続け、煙草も相変わらず一日二箱以上吸うヘビースモーカー振りであった。

したがって、勲は、自己の基礎疾病を認識していたにもかかわらず、必ずしもその治療改善に熱心ではなく、むしろ不摂生な生活態度を継続していたものといわざるをえない。

(五) 会社の健康管理

会社においては、前記のとおり、毎年春と秋に定期健康診断を実施しており、昭和五五年一〇月の検診時には、勲の血圧値、検尿結果(糖)が悪く、勲自身からも同五二年以後高血圧症の治療を受けている旨の申告があるなどしたことから、滝川営業所長は、勲に対し、高血圧症と糖尿病について治療を受けるように指示していた。

なお、勲が虚血性心疾患を有している事実は、会社、同僚運転手にも知られていなかった。

(六) 冬期の寒冷

滝川市は、寒冷地であるが、本件発症当日は、特に冷え込み午前六時で零下二三・三度、午前九時で二三・六度を記録し、その冬一番の寒さであった。

勲らタクシー運転手の乗務する車両は、滝川営業所車庫に保管されているが、同車庫には暖房装置が設けられており、冬期間には、必ず出社の一時間ないし一時間三〇分前から暖房装置が作動し、車庫内が摂氏一六度まで暖められていた。

タクシー運転手が乗務を開始する時点には、右の車庫暖房により車内の温度がかなり上昇しているうえ、車両のヒーターを入れることにより車内は急速に暖まり、一〇分ないし一五分もすれば寒さを感じない程度になっていたものであり、本件発症当日勲の乗務していた車両の暖房機能も、これに劣ることはなかった。

四  抗弁に対する原告の認否並びに主張

1  抗弁に対する原告の認否

(一) 抗弁1の事実のうち、勲が虚血性心疾患等の基礎疾病を有していたこと、それが増悪し業務遂行中に心筋梗塞として発症したことは認め、その余の事実は否認する。

(二) 同2(一)(1)及び(2)の事実は認める。

同(二)(1)前段の事実は認め、同後段の事実は不知、同(2)及び(3)の各事実は認める。

同(三)(1)ないし(4)の各事実は認める。

同(四)前段の事実は認め、同後段の事実は不知。

同(五)前段の事実は認め、同後段の事実は不知。

同(六)の事実は不知。

2  原告の主張

(一) 勲は虚血性心疾患等の基礎疾病を有していたところ、それが業務遂行中に本件発症に至り、死亡したものであるから、本件発症の業務起因性につき、勲の従事した業務(その業務の行われた環境を含む。)がこれら基礎疾病を自然的経過を超えて増悪させて本件発症を招来したものということができる。

(二) 本件発症の業務起因性は、以下の事情から明らかである。

(1) 勲の身体状況からみて、その従事した業務は過重なものであったから、その基礎疾病を自然的経過を超えて増悪させて本件発症を招来したものといえる。

即ち、勲の身体状況は、被告主張のとおり、高血圧症、糖尿病、虚血性心疾患等の基礎疾病を有していたのであるから、勲の業務が他の同僚に比して軽度であったとしても、その業務が勲にとって負担であったことは間違いない。勲ができるだけ待機して客待ちするようしていたのは、その業務が負担であったからである。しかも、勲は、被告主張のような勤務体制において業務に従事していたものであり、この点、一般の定時勤務の会社員とは全く異っている。本来人間の身体は夜寝て昼活動するものであるから、長年経験して慣れてくるとはいえ、本来の身体機能に対しては負担を強いる勤務であり、まして勲のような基礎疾病を有する者にとっては、一般の会社員のような勤務に比べれば多大の労働加重であり、疲労の蓄積をもたらしていたであろうことは明らかである。

(2) 勲の本件発症当時の業務内容及びその環境からみて、勲の従事した業務がその基礎疾病を自然的経過を超えて増悪させて本件発症を招来したということができる。

即ち、同人の業務の場所であるタクシー車内の気温について言えば、その垂直気温差が大きく、特に外気温が低いときほどその差が大きく、午前中の方が顕著であり、乗務中の気温の変動も大きい等、生体に対する負担が大であってストレス要因と考えられる。

また、仕事初めに血圧上昇、心拍増加が著しく、なかなか安定しない傾向があり、このことは外的な負荷が強いためであると考えられる。さらに、カテコールアミン分泌の調査では、乗務開始時にノルアドレナリンがかなり高濃度に観察されている。ノルアドレナリンは血管を収縮させる非常に強い作用を持つ物質であり、これが乗務開始時に高濃度に見られるということは大変重要である。

結局、これらからみると、乗務開始ころからしばらくの間が、身体に対する影響の強い時期であり、危険な時間帯であり、寒ければ寒いほどそれが強く指摘されるということがいえる。医学的にこれを説明すると、冬で寒い気候のときであればあるほど、午前中の早い時間というのは、温度条件だけとっても、人間の身体にとって良くない環境、即ち、自律神経系特に交感神経の興奮を呼びやすい環境であり、このような悪い環境条件と業務負荷の影響の時間帯とが重なって、交感神経の強い興奮を呼び、ノルアドレナリンが大量に分泌され、その結果、ノルアドレナリンの血管に対する収縮作用を強めて、本件発症を起こしたものと推定される。

(3) 会社は、健康管理義務違反を犯しながら、勲を業務に就かせていたものであるから、この点からしても勲の業務と本件発症との間には相当因果関係があるといえる。

即ち、会社における定期健康診断の結果によると、昭和五一年一一月にはWHOの高血圧の基準によれば、勲の最高血圧は高血圧症と判定すべき境界値であったし、同五三年一一月には最低血圧の上昇が見られ、糖が陽性となり糖尿病の疑いがもたれる状況であったのであるから、会社としては勲の高血圧及び糖尿について右各時点でより詳しく検査させるべきであった。さらに、同五四年四月及び九月には、血圧については改善がみられたものの、糖は依然として陽性であり、ウロビリノーゲンも陽性となったのであるから、このときも精密検査の必要があったのに、会社はなんら措置を講じていない。そして、会社は同五五年一〇月に至りようやく勲に口頭で治療を受けるよう指示した。この間、勲が自ら吉田医院や鈴木内科クリニックにおいて受診加療をしていた。

したがって、会社は、勲に対する定期健康診断の結果、高血圧や糖尿病を疑うべき事実が認められたのに、何らの処置も執らなかったものであり、健康管理義務違反があり、この点からしても勲の業務と本件発症との間には相当因果関係があるというべきである。

第三当事者の提出、援用した証拠(略)

理由

一  原告の請求原因1(災害の発生)及び同2(不支給処分の存在)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、被告主張の本件処分の適法性、すなわち、勲の死亡が業務上のものかどうかについて検討する。

1  本件発症前日の勲の生活状況と当日の勲の勤務状況以下の事実は、当事者間に争いがない。

(一)  勲は、昭和五六年一月二五日午前三時に勤務を終え、帰宅した後、ビール二本を飲んで同日午前四時三〇分ころ就寝した。勲は、同日午後一時ころ起床し、食事を済ませた後、滝川営業所に行きワイパー修理をしてから同僚方を訪ねると言いおいて自宅を出て、同日午後八時ころに帰宅し、夕食時にビール二本を飲むなどして、同日午後一〇時三〇分ころ就寝した。この間、勲に変わった様子は全くなかった。

(二)  勲は、翌二六日午前七時ころに起床し、朝食を取らないまま午前七時一〇分に自宅を出たが、いつもと変わった様子は見られなかった。

勲は、同日午前七時三〇分ころに出勤し、点呼を受けた後、車両点検をして滝川営業所を出発し、その後間もなく、配車係から引き続いて二本の配車を受け、営業走行をした。配車の際の勲の応対には、何の異常もみられなかった。

その後勲は、自ら客を拾い、目的地の前記滝川ターミナルへ行き、客を降ろしてからタクシー乗り場待機所へ車を回し、客待ちのために待機していたところ、まもなく心筋梗塞を発症し、午前八時ころ、顔を青ざめさせ、冷汗をかいて、運転席にぐったりともたれかかっており、同待機所に来た同僚運転手に向かって「病院へ連れていって欲しい。」と依頼する言葉ももつれていたため、右同僚運転手は急遽、救急車を手配した。

勲は、間もなく来た救急車により滝川市新町一丁目八番一号所在の吉田病院に運ばれ、治療を受けたが、同日午前八時二五分死亡した。

2  本件発症の前日までの勲の勤務状況

以下の事実は、当事者間に争いがない。

(一)  会社における勤務体制

勲は、会社の滝川営業所に勤務していたものであるが、同営業所においては、隔日で勤務日と非番日とを四回繰り返すと一休日のある四勤務一休日の勤務体制が採用され、勤務日の勤務時間としては〈1〉午前七時三〇分から翌日の午前一時まで、〈2〉午前八時から翌日の午前二時まで、〈3〉午前九時から翌日の午前三時まで、〈4〉午後二時から翌日の午前八時までの四種類があり、タクシー運転手は、右ローテーションに従って順次四勤務に従事していた。

(二)  労働時間

勲は、入社以来真面目に勤務していたものであり、本件発症に近接する昭和五五年一一月二一日以降の同人の勤務状況をみると、次のとおりである。

会社の滝川営業所における同五五年一二月度(同年一一月二一日から同年一二月二〇日まで)は、右四勤務一休日の勤務体制のもと皆勤し、稼働時間は合計二四〇時間三〇分、残業時間は六時間三〇分、深夜時間(午後一〇時から翌日午前五時までをいう。以下同じ。)は六四時間三〇分、休憩時間は二六時間であり、また、同五六年一月度(同五五年一二月二一日から同五六年一月二〇日まで)も、同様に皆勤し、稼働時間は合計二五四時間三〇分、残業時間は二時間三〇分、深夜時間は七〇時間三〇分、休憩時間は二八時間であった。

そして、本件発症前の一週間も皆勤し、三勤務稼働時間は合計五五時間、残業時間は一時間、深夜時間は一七時間、休憩時間は六時間であった。

以上のとおり、勲は、ほとんど残業することもなく、右四勤務一休日の勤務体制の範囲内で稼働していたものである。

(三)  同僚との比較

勲の勤務状態は真面目で、皆勤の状況にあったが、会社は流しの体制が原則であるにもかかわらず、勲は待機して客待ちをすることが多く、このため、稼働状況は、同僚運転手(アルバイト運転手を除く。)の平均と比較して売上金額が八九パーセント、走行距離が八七パーセント、営業距離が九〇パーセントと少なく、量的に軽度であった。

3  勲の基礎疾病

以下の事実は、当事者間に争いがない。

(一)  勲は、昭和一八年一月二九日生まれで、本件発症当時三七歳であったが、同五一年一〇月一四日、頭重感等を訴え、前記吉田病院で「高血圧症、冠不全等」と診断されて以後、昭和五三年三月ころまで通院治療を受けている。この間の血圧の状況(最高血圧と最低血圧とを併記する。)は、同五一年一〇月一四日一六〇~九〇、同五二年四月二日一六七~一〇〇、同年五月六日一六〇~九五、同五三年二月六日一七〇~九五、同年三月一一日一七〇~一〇〇であり、心電図測定の結果は、左肥大ST(+)であった。

(二)  その後、勲は、昭和五三年四月一三日に滝川市内の鈴木内科クリニックを訪ね、頭痛、頸肩部痛等の主訴により、「本態性高血圧症、慢性肝炎、虚血性心疾患、高脂血症、糖尿病」と診断され、以後通院治療を受けた。当初は、本態性高血圧症、慢性肝炎及び糖尿病の治療に重点が置かれたが、同年六月六日から虚血性心疾患及び高脂血症の治療が始まり、同五四年九月三日以降は、狭心痛、放散痛を訴えるようになったため、強力なニトロール舌下錠を投与し、食事療法を指導する等、虚血性心疾患の治療に最重点がおかれるようになった。

当初の血圧値は一九〇~一〇〇、S―GPT値は七四単位、血糖値は三五〇ミリグラムパーデシリットルであった。その後の治療により、本態性高血圧症及び慢性肝炎については、同五四年七月ころに改善の兆が現れた。他方、虚血性心疾患については、同五五年一〇月二九日の心電図測定によると改善の傾向は窺えたものの、心臓の後壁になお虚血性異常が認められた。にもかかわらず、勲は、同年一一月五日に治療を受けたのを最後に通院を止めている。

(三)  勲は、会社の滝川営業所において毎年春と夏に実施されていた定期健康診断を受けていた。

その診断結果によると、勲の血圧値は、昭和五一年一一月一五四~八四、同五二年五月一四六~九八、同年一一月一四〇~七八、同五三年一一月一五六~一〇〇、同五四年四月一四〇~九二、同年九月一三〇~八二、同五五年四月一五〇~九二、同年一〇月一六八~九〇であり、また、検尿においては、同五三年一一月にはじめて糖が検出され以後次第に多く検出されるようになった。

4  勲の健康管理

勲が、前記の通り基礎疾病を有していたが、昭和五五年一一月五日の受診を最後に通院治療を止めていたほか、家族にそのことを知らせておらず、改善のために必要な食事療法を全く行なっていなかったばかりか、かえって、勤務を終えてからビール二、三本程度飲酒する習慣を続け、煙草も相変わらず一日二箱以上吸うヘビースモーカー振りであったことは、当事者間に争いがない。

5  会社の健康管理

会社においては、前記のとおり、毎年春と秋に定期健康診断を実施しており、昭和五五年一〇月の検診時には、勲の血圧値、検尿結果(糖)が悪く、勲自身からも同五二年以後高血圧症の治療を受けている旨の申告があるなどしたことから、滝川営業所長は、勲に対し、高血圧症と糖尿病について治療を受けるように指示していたことは、当事者間に争いがない。

6  冬期の寒冷

(証拠略)の証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができ、以下の認定を覆すに足りる証拠はない。

滝川市は、寒冷地であるが、本件発症当日は、特に冷え込み午前六時で零下二三・三度、午前九時で二三・六度を記録し、その冬一番の寒さであった。

勲らタクシー運転手の乗務する車両は、滝川営業所車庫に保管されているが、同車庫には暖房装置が設けられており、冬期間には、必ず出社の一時間ないし一時間三〇分前から暖房装置が作動し、車庫内が摂氏一六度まで暖められていた。

タクシー運転手が乗務を開始する時点には、右の車庫暖房により車内の温度がかなり上昇しているうえ、車両のヒーターを入れることにより車内は急速に暖まり、一〇分ないし一五分もすれば寒さを感じない程度になっていたものであり、本件発症当日勲の乗務していた車両の暖房機能も、これに劣ることはなかった。

7  勲の死亡の原因

先に認定した勲の基礎疾病及び本件発症前日の勲の生活状況、当日の勲の勤務状況によれば、勲は、本件発症当時、虚血性心疾患、本態性高血圧症、高脂血症、糖尿病等の基礎疾病を有していたところ、虚血性心疾患が増悪し、業務遂行中に心筋梗塞となり、これがために死亡したものと認めることができる。

8  勲の死亡の業務起因性

(一)  以上の事実に基づいて以下検討する。

(1) 勲のタクシー運転手としての業務は、その勤務体制において一般の定時勤務の会社員とは異なる特殊性を有することを認めることができる。しかしながら、本件発症前二か月余りの間の勲の勤務状況をみると、会社の滝川営業所において四勤務一休日の体制(なお、弁論の全趣旨によれば、これは、労働省労働基準局長通達「自動車運転手の労働時間等の改善基準」((昭和五四年一二月二七日付け基発第六四二号))の範囲内にあるものと認めることができる。)にしたがい皆勤しているが、休日もとられており、残業時間も昭和五六年一月度が二時間三〇分、同五五年一二月度が六時間三〇分と少なく、また、会社では流しの体制が原則であるにもかかわらず、待機して客待ちをすることが多く、稼働状況は、営業本数、売上金額、走行距離数、営業距離数のいずれにおいても、同僚運転手の約九割にとどまるものであり、結局、この間、特に過重な業務に従事したとは認められないというほかはない。また、本件発症の前日は非番であり、その行動に格別変った様子もなく睡眠も十分とっており、本件発症当日は、朝に通常通り出勤し、乗務を開始してから約三〇分後に発症し、その間三本の営業走行に従事しているものの、日常の業務と異なる点はみあたらなかったものということができる。

さらに、冬季の寒冷が本件発症に影響を与えたものかについてみると、勲の業務に従事する場所であるタクシー車両は、乗務開始前の車庫暖房(摂氏一六度まで暖められている。)により一定程度暖められているうえ、乗務開始後は車内のヒーターにより一〇分ないし一五分程度で適温にまで暖められるものと考えられることから、冬季の寒冷が勲の業務の負荷を著しく高めていたとみることはできないと考えられる。

このほか、勲の基礎疾病、勲の健康管理の面からみても、勲は、前記のとおり虚血性心疾患の基礎疾病を有しており、本件発症の一年四月前ころからは狭心痛、放散痛を訴えるようになったためニトロール錠の投与を受けるなど、その程度がかなり増悪していたとうかがわれるにもかかわらず、昭和五五年一一月五日を最後に虚血性心疾患の治療を止めていること、勲は虚血性心疾患などの基礎疾病を有することを家族に知らせておらず、そのため改善に必要な食事療法を全くとっていなかったばかりか、かえって煙草を一日二箱以上吸う喫煙習慣を続けていたことを認めることができる。

そうだとすれば、勲の基礎疾病である虚血性心疾患はその自然的経過により本件発症に至ったものに過ぎず、タクシー運転手としての職務が勲の精神的、肉体的疲労を蓄積、増大させ、勲の基礎疾病である虚血性心疾患を自然的経過を超えて著しく増悪させたものと認めることはできないというべきである。

(2) 右の点について、弁論の全趣旨により成立を認める甲第六号証(医師上畑鉄之丞作成の意見書)において、医師上畑鉄之丞は、勲の本件発症は、その当日の極端な寒冷気温によって誘発されたものであり、他方、本件発症を引き起こすに至った過程では、素因に加えて、長時間・不規則なタクシー運転手としての労働習慣(飲酒及び過度の喫煙等)及びその結果増幅させられた不健康な生活習慣によって増悪した高血圧や動脈硬化が関与しているものと考えられ、労働衛生学的立場からみた場合、こうした疾病の発症・死亡は、業務関連性ありとみて差し支えなく、雇用主において適切な健康診断とその後の健康管理を行っていたならば、発症の危険性を予知することが可能であったと考えられることからみても、業務と本件発症との間の因果関係を否定することができない旨の意見を述べる。

しかしながら、本件発症当日の極端な寒冷気温については、勲が業務に従事するタクシー車両内は適温にまで温められていることは先に認定したとおりであり、また、勲の過度の喫煙、飲酒の継続といった不健康な生活習慣はもともと自己の生活節制の問題であり、これについて労働との関連性を認めることは困難である。さらに、会社の健康管理の点に問題があったと認められないことも後記認定のとおりである。このような点からみて、甲第六号証を採用することはできない。

(二)  原告は、タクシー運転手が乗務開始時に受けるストレスは大きく、その際、血管を収縮させる非常に強い作用を持つ物質であるノルアドレナリンがかなり高濃度に観察されるばかりでなく、極寒期における寒冷及びタクシー車内の垂直気温差(特に外気温が低いときほどその差が大きい。)によるストレスも加わるから、勲の本件発症の当時の業務環境が本件発症に深い係わりを持っていると強く推定されると主張する。

(証拠略)、証人若葉金三の証言(以下「若葉証言」という。)により成立を認める(証拠略)、同証言によれば、若葉金三医師は、勲の通常業務及び死亡時の業務に類似の条件下での環境調査とその環境下での作業者の循環器系等の機能の変化を調査するため、会社の三〇代後半から四〇代のタクシー運転手を対象として、昭和六一年二月一九日~二〇日(調査地の最低気温摂氏マイナス一六・九度)、同六二年七月二八日~二九日(夏季)、同六三年二月三日及び同月一〇日(調査地の最低気温摂氏マイナス三・五度)の三回にわたり、〈1〉業務環境として車内気温を測定した結果、環境負荷要因としての車内気温条件は冬季において不良であり(車内気温が安定せず、また、車内の垂直気温差が大きい。)、外気温が低いほど悪化することが判明したこと、〈2〉車内温度に対する生体の反応として皮膚温の測定を行った結果、手、足皮膚温が寒冷による影響を受けること、特に足部の皮膚温が低く容易に上昇しないことが判明したが、身体の局所が低温状態にあることは、恒温動物にとって強いストレスとなることは明らかであること、〈3〉夏季・冬季の各々についての乗務中の血圧、心拍数を繰り返し測定した結果、乗務開始直後に血圧上昇、心拍増加が著しく、しかもその後も上昇、増加を続け安定しない者もみうけられることが判明したこと、フリッカー値(光のちらつきをどれくらい細かく判定できるかを検査するもので、大脳の活動レベルを知ることができるもの。)の成績によると、大脳中枢神経の亢進が乗務開始直後にもっとも大きく、これは業務による身体的・心理的負荷の生体への影響がこの時期にもっとも大きいことを示していること、〈4〉カテコールアミン分泌の調査では、長時間業務によると思われる総排出量(総分泌量)の高値とともに、乗務開始時のノルアドレナリン(交感神経伝達物質で、血管を収縮させる非常に強い作用を持つもの。)の濃度の高値が認められ、環境要因と業務要因のいずれの関与も考えられるにせよ、乗務開始時から直後にかけての環境条件や作業条件によって血行動態の激変が起こりうることが判明したことを述べ、勲の本件発症当時の環境につき、生体の反応の変動の大きい時間帯に大変な寒冷が加わったもので、このような業務環境は、強度の身体的負荷を強いられる「急激で著しい作業環境の変化」と判定すべき「異常な出来事(過重負荷)」に相当すると考えられるとしていることが認められる。

しかしながら、乗務開始時に観察されるノルアドレナリン濃度の上昇がどの程度の血管収縮作用をもたらし、具体的に勲の基礎疾病である虚血性心疾患をいかなる程度に亢進させたものであるかは、右原告の主張にそう各証拠によってもいまだ明らかではなく、右若葉証言によれば、若葉医師自身も勲が本件発症時にタクシー乗務に従事していなければ本件発症の時点において本件発症に至らなかったとまでは断定しておらず、勲の本件発症を合理的に説明しようと試みたものであって、勲の冠状動脈の硬化度・閉塞度が判明していれば考えが変わる可能性があるとしていることが認められる。また、若葉証言並びに(証拠略)によれば、代表的な寒冷地である北海道において、循環器系疾患による死亡率が他の地域よりも高いという傾向は確認されていないことが認められるから、タクシー運転手が乗務開始時に受けるストレスに冬季における寒冷及び車内の垂直気温差によるストレスが加わるとしても、それが虚血性心疾患等の循環器系疾患をその自然的経過を超えて著しく増悪させるに至る程度のものとまではいえないと思われる。

したがって、勲の本件発症時の業務環境が基礎疾病である虚血性心疾患を自然的経過を超えて著しく増悪させ、本件発症に至らしめたと認めることはできず、原告の主張を採用することはできないというべきである。

(三)  原告は、会社としては、勲に対する定期健康診断の結果、高血圧や糖尿病を疑うべき事実が認められたのに、何らの処置も執らないまま業務に就かせていたものであり、この点からしても勲の業務と本件発症との間には相当因果関係があると主張する。

しかし、前記認定事実によると、会社においては、毎年春と秋に定期健康診断を実施しており、その結果では、勲は、昭和五一年一一月から境界域の高血圧を示し、検尿においては同五三年一一月から糖が検出されていることが認められるが、この時点において担当医師から精密検査や治療を必要とする旨の指示がなされた形跡はなく、会社の滝川営業所長としては、昭和五五年一〇月の検診時に、勲の血圧値、検尿結果(糖)が悪く、勲自身からも同五二年以後高血圧症の治療を受けている旨の申告があるなどしたことから、勲に対し、高血圧症と糖尿病について治療を受けるように指示したものであることが認められ、これらの事実に照らして考えると、会社が勲に関し健康管理を無視して業務に従事させていたとすることはできず、原告の右主張を採用することはできないというべきである。

9  まとめ

以上の理由により、勲は虚血性心疾患の基礎疾病を有していたところ、勲の業務が死亡直前において従前に比べ特に質的、量的に過激であったと認めることはできず、虚血性心疾患の基礎疾病が自然発症的に増悪し、たまたま業務遂行中に心筋梗塞として発症したものであり、業務と本件発症との間に相当因果関係があったとはいえないから、勲の死亡は業務上の事由によるものということはできず、本件処分は適法ということができる。

三  結論

以上の事実によれば、原告の請求には理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福永政彦 裁判官 山田和則 裁判官 冨田一彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例